作家インタビュー
聞き手:木下桂佑
・選択や決断、また所有について関心を持つようになったのはいつ頃からですか?
久保田智広(以下TK)
長く関心を持っていた気はしますが、具体的には3, 4年前くらいの芸大の卒業制作の頃からだったと思います。私の実家は荷物の多い家だったのですが、多くの荷物を管理するために長らく外部に倉庫を借りていました。それが、ある時お金を払いきれなくなってしまい、引き払う必要が出てきました。他に場所がなかったため、倉庫にあったもの全部が当時の私のアトリエに一旦置かれることになり、私の過去作品も含むあらゆる物品がアトリエに埋まり、新しい作品を作ろうにも作れない。仮に作ったところで置く場所もないので廃棄するしかない。そこでその家が許容できる分量まで物品をひたすらに分別し続けることになり、それが卒業制作である《一時的廃棄目録》という作品になりました。
・そこでは一つ一つが凄く個人的なものですが、今まで作ってきた作品も家族のこれまで溜めてきたものも、場所を占領するものとして一旦平等に向き合わなければいけなくなってしまったんですね。そして明確な期限もあった。これは同時に普遍的な問題でもあるわけで、先進国の家庭が誰しも向き合わなければならない問題でもありますよね。
TK
本当にこんまり的なことをやっていました。当時はこんまりのことは知りませんでしたが(笑)。その時に私物と過去に作った作品、そして私以外の家族の物品を等価にして選別をする事になりました。それは何も特別な事ではなく、多くの人が、特に作家はいつも考えるような事だとは思いますが、その時はただ必要にかられてのことでした。この時に指摘されたのはマイケル・ランディ(注1)のBreak Downという作品で、全私物を廃棄するというものでしたが、類似点とともに相違点も明確でした。僕の場合は残すものと残さないものを分別しました。選ぶという行為こそ大事で、決めきれなかったり終わることがないというのも大事なことなんです。
そして個人的な所有の問題から公共財の管理、所有に関わる決断とその政治性へと関心が移っていくようになりました。
・選択という振る舞いが個人に集約されてくるということですね。
TK
主観的な決断の明確なラインというのは個人でしか作れなくて、複数人で行う必要が出てきた途端にそれは難しくなってしまう。それがさらに複数のコミュニティになってしまうとこんまりのメソッドではもう対処しきれなくなるんです。こんまりはすごく主観的な価値観を明確に設けることで分別をしますが、社会の公共物に適用した時にうまくいかないという問題点があるんです。
卒業制作後に留学へ行ったりリサーチを経て、個人的な所有の問題から公共の所有の問題につながっていったんですね。公共で何かを所有することをみんなで決断するということの困難さ。一つのケーススタディとして宇佐美圭司氏の作品”きずな”(注2)が東大で廃棄されされたという事件に関心がでてきました。自分が絵画科出身であり絵を捨てたりしていた中で、個人的な興味と関心、客観性と批評性について考えるにはとても適した事例だと思い、今回の作品”Decision in the Hospice”のモチーフとして扱っています。今回遺族の方に作品画像の使用許可をいただいてインスタレーションの一部に利用しています。また”きずな”は正式な作品の記録画像が残っていないため、広島市立大学の笠原浩教授が再現した画像を使用させていただいています。
・修士では版画を専攻されていますが、そのことは社会性とも関わってきますか?ウォーホルなどにも言えることですが、アメリカの万博で真っ白に塗りつぶされてしまった指名手配犯の作品や、毛沢東の作品が過剰に流通するイメージとして表現されたりなどといった…。
TK
そうですね。そう思います。いわゆるリトグラフとか木版画といった版画技法はその造形表現としての魅力だけではなく、複製技術としてより大勢の人間に伝えるための実用的なメディウムとして存在していました。例えば紙幣は銅版画で作られていて版画作品として考えることもできますが、実際にはほとんど作品としてではなく交換価値として流通している。本も元は版画であるし、ポスターなどはプロパガンダに使われてきた側面もある。民衆と共犯関係になるために版画は使われてきた。そのような歴史的な側面があるし、現代でも目に見える形は変わってしまったけれど同じような使われ方をしている。SNSは今や透明化してしまっているけれど、ポスターなどで人を集める延長としても考えられます。記事を書いてシェアをする、写真を撮ってアップロードするというのはいわば版画的な行為だと考えて差し支えないと思っています。
・そのようなメディアの作用に関して、例えば《It massages me and you》という作品はどのようなきっかけで製作されたものなんですか?
TK
あのシリーズを制作したきっかけは、未発表、未完成のドローイングや切れ端、メモなどがばらばらにあって集積していって、それがコンセプトすらなく特段いい物でもなく何にもないまま堆積していって、しかしそれはきっと何かしらの意味はあるだろう。どうにかして使っていけないかと考えたのがきっかけだった気がします。
ちょうどそのときマクルーハン(注3)に興味があり、メディウムはそれぞれそのものだけでメッセージを持っているという主張に関心がありました。同内容のコンテンツであっても、メディウムが異なれば別の意味を持つ。価値の転換、価値の捏造や脚色。それに伴う誤解。
そこで、それらどうにもならないドローイングをスキャンしてレタッチして、キャンバスに引き伸ばしてプリントしたのがあの作品です。サイズは約1.3m×1mサイズで同一のものが多く、機械の出力できる最大サイズで印刷しているのが理由です。スマートフォンの液晶サイズなどをイメージすれば分かりやすいかもしれませんが、サイズがある程度まで環境に依存している。
またキャンバスに出力し印刷することによって、イメージが絵画というメディアに擬態しているんです。
・版画というメディアは生物のDNAとも似ているところがありそうですね。
TK
ズレが出るのですが、版画はそこを意識的にやろうとしている人が結構います。いわゆるミスプリント。生物もそうですがミスプリントがあるからこそ適応能力や耐性ができたりプラスになることがある。ミスを内包しないと絶滅してしまうというか、そのあたりも版画の思想領域なのかもしれません。
・そこで多様性が担保されていることが重要なんですね。
TK
例えばインクジェットプリンターとかもプリントの機械で、いろいろと変数をいじれるけれど、プリントは自動でやってくれるので基本的にそこにノイズを挟む余地はない。その点銅版画や木版画、シルクスクリーンというのは印刷の過程において変数を自由に入力できるんです。そこは面白い領域だなと。一方でウェイド・ガイトンのようなアーティストはインクの供給量をいじって吸えない状態まで供給して、インクを漏れ出させて無理やりノイズを作っている。それをドローイングと言ったりペインティングと言ったり。でもやっていることは変わらないんです。版画の領域であり、使い方の問題なんです。
変数の設定をどう調整していくか。そこに趣味性だったりが出てくる。一個の作品を作るにあたって決断しなければいけないタスクがたくさんあって無意識にやってる人もたくさんいる。どんなものであっても決断の集積で作品が出来上がっていく。決めるということがクリエイティビティには大事なんです。間違っていたとしても。決めきれなくなって誰かに代わりに決めてもらうとかも判断の一つです。
・宇佐美の作品撤去も仕事としてのタスクという資本主義的な社会の中での出来事というか、新しく改築するからその改築のために合わなくなったものは捨てていく、処分されていくというのが現実社会と地続きの現象だったんだなと思います。
TK
悪気がなかったかもしれないし、それで議論が巻き起こるなんて思ってなかったからこそ捨てられたんだと思うし。だからといって宇佐美の作品にどれだけ価値があるのかと生協の人たちに啓蒙しようとするのも何か違う気がする。啓蒙したいという欲求は、逆に啓蒙されてしまうという反転可能性もある。自分が正しいと思うから啓蒙しようとする。逆に相手の事情とか環境に配慮して自分が啓蒙される場合もある。僕は基本的にすべてに懐疑的になる必要があると思っています。
作品化する上では色々なことに気をつけなければならない。僕は活動家ではないですから。美術作品として提示するならば、そこに飛躍がなければいけないのと、既存の主義主張に迎合する形でやるべきではないと思います。だから僕も宇佐美の作品に関しては決まった主義主張のために、自分の考えに一致させるために参照するわけではないんです。
・美術作品としていかに創造的に飛躍できるかというのが大事なんですね。
現時点でパフォーマンスをどのようなものとして考えていますか?
TK
第三者によるディスカッションベースのパフォーマンスを想定しています。当事者ではないもの同士のアマチュアリズムを内包した決断。この先の未来を想定した上での対話を何かしらの形で収録するようなものとして考えています。まだ出来上がってみないと分からない部分もあるんですが。
アートは一つの健康でいるための方法だと思っています。ある種、適応能力が高くなっていくワクチンのような予防療法的なものでもあると思うんです。適応の美術というのを最近考えていて、世の中が大変で理想の社会になることがすごく難しい。でも、その中で生きていかなきゃいけないとなったときに、周りの環境が変わらないのなら自分の適応力を上げていかなきゃいけない。自分自身を成長させるわけではなく、適応させる所作としての美術です。
僕は自分の作品の作り方を説明するときに、対症療法的に作品を作るということをよく言っているんです。風邪をひいたら薬を飲むみたいな感じで、後出しで作品を考えている。周りの環境や状況に作品を作らされてしまうというのが僕の作品の特徴だと思っています。自分の個性や主張が先にあるわけではなくて、何かしらの状況が最初にあって、そこにどうアプローチしていくか、翻ってどう適応していくか。来たる未来のためにシミュレーションすることはできるだろうと。そのための飛躍をする必要があります。
2019年11月2日 上野、東京藝術大学にて
(注1)1963年ロンドン生まれ。自身の全所有物を処分する「Break Down」は2001年に制作された。横浜トリエンナーレでは設置した巨大なゴミ箱に向かってアーティストに作品を捨ててもらう「アート・ビン」が展示された。
(注2)宇佐美圭司の《きずな》は、1976年に東京大学生協創立30周年記念事業の一環として制作が依頼された。この絵画は東京大学食堂に設置されていたが、食堂改修に伴って2017年に廃棄された。これを受けて2018年9月28日、東京大学安田講堂でシンポジウムがおこなわれた。シンポジウムの記録は東京大学広報誌「淡青」38号にまとめられている。
(注3)社会におけるメディアの力学を探求した思想家として知られる。「メディアはメッセージである」、「熱いメディアと冷たいメディア」などの考えを展開した。
・インタビュアー
木下桂佑
1990年、愛知県生まれ。
多摩美術大学博士課程前期美術研究科芸術学専攻修了。
『ティノ・セーガル作品における記録の拒否について』(2015年、学士論文)
『キュレーションはどこへ向かうのか-記憶と接触-』(2016年、研究誌「subjectʼ15」)
『空の領土化--菅木志雄作品の存在論』(2017年、修士論文)
『あの光の残響を聞いた?』(2017年、畑山太志個展「時はぐれ」レビュー)